食用として一般に広まったのは鎌倉時代に入ってからです。簡素を旨とする禅宗の食事に粥と大根一切れと共に食されたのが最初で、その後、武士たちの間に広まり、日常食として、また戦乱では携行食として利用されるようになったといいます。それでもまだ重品であることに変わりはなく、 一般庶民の口に入るのはずっとあとで、江戸時代になってからです。梅漬けのために青梅を売り歩く「梅売り」や「梅干売り」なども登場し、特にコレラなどの伝染病が流行すると、梅干売りが繁盛したと言われています。